2026年1月10日土曜日
脂肪で走る準備をする
2025年12月23日火曜日
HIIT(High-Intensity Interval Training)開始
寒いから、身体をあたためてやろう、という目論見もある。布団から出た瞬間に、それが正解だったのか迷うくらいには寒い朝だ。
3か月後には、もうハーフマラソンを走らなきゃいけない。けれど、十分な時間がとれない日が続く。そこで思いだしたのが、HIITだった。
HIITは、高強度インターバルトレーニング(High-Intensity Interval Training)の略で、短い時間に、あえて息が上がる動きを繰り返す運動だ。長く走れなくても、心肺だけは確実に起こせる。
6分間、12セット。寒さで固まった身体に、「とりあえず起きろ」と直接言い渡す感じがある。ストーブよりも、ずっと正直に身体は温まる。
時間がないからやる。寒いからやる。走れない日が続くから、やる。
今日一日の下準備は整った。
さて、本日のカルテ整理をはじめよう。
2025年12月15日月曜日
河口湖の空はなにも間違えてはくれなかった
富士山チャリティマラソン11㎞を、7年ぶりに再会する親友との待ち合わせ場所にした。
それは、ごく自然な流れだったように思う。
天気は予報通りの雨だった。
河口湖の空はなにも間違えてはくれなかった。
二人とも河口湖周辺の駐車場を取り忘れていた僕らは、家族に応援してもらうのをあきらめ、友達の車で二人だけ早朝にホテルを出て、河口湖駅の二つ手前の富士山駅に車を停めた。
駐車場がなかなか見つからず、電車に間に合うかどうか、40歳にもなる大人二人が見知らぬ地で焦る時間が続いた。友達の卒業旅行がてらに二人で行ったフィジー旅行を思い出した(準備不足で焦ってばっかだった)。
雨がっぱもなかった。
コンビニで買ったゴミ袋に、頭と片腕分の穴をあけて被った。
奇妙な姿だったが、選択としては正しかった。
スタートしてから、それを脱ぎ捨てたときにわかった。
ゴミ袋は、驚くほどあたたかかった。
雨をはじき、熱を逃がさない。
厚さ0.1mmの、人生でいちばん信頼できる防寒具だったかもしれない。
最初の5㎞は並んで走った。
友達はアップルウォッチの電源が切れていて、1㎞ごとに僕がペースを伝えた。
7㎞あたりから、少しずつ友達の背中が遠くなっていった。
ただ、これまでのレースではくじけていただろうタイミングで、今回はくじけそうなとき、前に友達がいるというだけで、足が出た。
30mほどの差で、友達が先にゴールした。
なんとかくらいついたんだ。
心肺でも筋肉でもない。
殻をやぶる気持ちだったんだ。
7年ぶりに会った友達が、走りながら教えてくれた。
下り坂の走り方を覚えた。前を行く背中を追い、弾丸みたいに坂を下った。
足が地面に触れた一瞬だけ力を入れて、あとは、力を抜く。
身体が自然に前に運ばれていく。
人生も、たぶん似たようなものだと思った。
ずっと一人だけで闘うのは、もうやめよう。
半年後、湘南あたりのハーフマラソンを一緒に走る約束をして、僕らはそれぞれの場所へ戻っていった。
2025年11月30日日曜日
多摩川ランナー、馬たちにあいさつされる
長崎から乗った最終便では、どうやっても富士までその日に帰ることはできない。
だから僕は、川崎に泊まったんだ。
旅のつづきが、もう一話だけ用意されていたような気がした。
そして翌朝5時。
旅の延長線のように、僕はまた走り出した。
調べてみると、多摩川沿いは評判のいいランニングコースらしい。
ならばと六郷橋を渡り、東京側へ。
薄い朝の光が水面に落ちるなか、多摩川沿いをゆっくり下る。
多摩川大橋でまた神奈川に戻り、こんどは川を上っていく。
不意に、遠くから土を蹴る力強い音が聞こえた。
河川敷に目を向けると、馬がいた。
しかも一頭ではない。
朝練なのだろう。
馬が信号を渡り、馬に抜かされ、馬とすれ違い、馬に見送られてまた僕は走り出した。
旅の途中で、こんな朝があるなんて思ってもみなかった。
今日は9km。
昨日16km走ったわりには、足は意外と軽かった。
長崎の夜の余韻と、多摩川の馬たちの鼓動が、まだ身体のどこかで生きている。
2025年11月29日土曜日
冬の学会の朝、僕は透明な光の中で知らない街を好きになっていく
朝5時。
冬の空にはまだ星がいくつか残っていた。
人のいない中華街の門をくぐると、赤い装飾が夜の名残りをそのまま抱えていて、知らない街の静けさというものが、胸の中にゆっくり沈んでいく。
長崎をちゃんと歩く(走る)のは、ほとんど初めてだ。
修学旅行のハウステンボスの記憶は霧のように薄い。
大学院時代、奥さんと熊本旅行に行き、その帰りにフェリーで長崎経由で帰ったことはある。
僕の中では“新婚旅行”のつもりだったが、奥さんは今でも
「新婚旅行にはまだ連れて行ってもらっていない」
と譲らない。
そんな小さな言い合いも、走りながら思い返すとどこかほほえましい。
だからこそ、暗がりの中に見えた長崎の街並みはすべて新しかった。
路面電車の音も、川の匂いも、坂の角度も、初めての土地特有のワクワクで満ちていた。
路面電車沿いに走れば着くと思った平和公園は、逆方向に進んだ僕をあっさり裏切り、辿り着いたのは車庫だった。
正しい道に戻ってからは、明日の空港行きバスの乗り場を確認し、深い夜を抱えたままの原爆資料館を横目に、ようやく平和公園へたどり着いた。
教科書で見た銅像は、思っていたよりずっと大きかった。
名前がどうしても思い出せず、でも、記憶よりも実物のほうが大きく胸に響いて、名前なんて別にどうでもいいと思った。
帰りは海を探しながら走った。
アップルウォッチが途中で息を引き取り(電源が切れ)、足音だけが頼りになる。
そして帰り道、今日の臨床リウマチ学会の会場の「出島メッセ」の前を通った。
足を止めずに建物を眺め、「このあと、ここで発表するんだよな」と思うと、胸の奥が少しだけ熱くなる。
そこからの数キロは、頭の中でスライドをめくりながら走った。
言葉は、走るたびに少しずつ形を変える。
往路は迷い込んでの約8km。復路も寄り道と迷子をくり返しながらの8km。
アップルウォッチの沈黙を考慮しても、おそらく合計16km。
走り終えてホテルに戻ったとき、時計はちょうど2時間を示していた。
数字よりも、その遠回りの分だけ、長崎という街が心の中で大きくなっていった気がした。
冬の学会の朝、僕は透明な光の中で知らない街をゆっくり好きになっていった。
2025年11月9日日曜日
深夜の皇居ラン
先輩との飲みが終わって、品川のホテルに戻ったのは0時半だった。
着替えを済ませ、外に出る。雨は降っていない。
今回の東京でのミッションのひとつは、皇居ランだ。
1周は5キロほど。品川からの往復を入れると15、6キロになるだろう。
ハーフマラソンに向けて、少しずつ距離を伸ばしていく段階にある。
本当は朝に走るつもりだった。
けれど、天気予報では夜明けとともに雨。
だから、深夜に走るしかなかった。
加えて、この時間になるまでの時間が濃密すぎて、走らないと眠れないなってのもあったから。頭はスパークしていた。
少しの不安と、少しの高揚を抱えて、ホテルの自動ドアを抜けた。
東京タワーを目指して走り出したが、地上からはまったく見えなかった。
ビルの隙間を縫い、青い案内標識を頼りに、皇居の方角へ向かう。
街は眠っているようで、実はどこかで静かに呼吸していた。
24時間ジムの灯り、タクシーの尾灯、光らない東京タワー。
深夜の東京には、昼にはない種類のリズムがある。
皇居に着いたとき、すでに心は少し弱っていた。
足は重く、さっき飲んだジンジャー梅酒のソーダ割が、体の中でゆっくり反乱を起こしていた。
引き返してもよかった。
でも、僕は前に進むことを選んだ。
誰もいない深夜の皇居ラン。
広すぎる静けさに心を砕かれそうになりながらも、一周を走りきった。
こんな時間でも、警備員たちは規則正しい間隔で立っている。
眠らない街・東京の輪郭が、そこにはあった。
雨がぽつぽつと落ち始めたころ、ホテルの灯りが見えた。
時計は3時を少し過ぎていた。
17.6キロ。これまでの練習で一番長い距離だった。
東京の夜景を背に、イヤホンから流れるのは、懐かしい槇原敬之とスキマスイッチ。
十代の頃の風景が、音に引き出されるように蘇ってくる。
人生は案外、音楽と同じで、思いがけないタイミングでリフレインする。
走ることは、過去を整理するための、いちばん静かな方法なのかもしれない。
冷え切ったからだを湯船に浮かべてから、長い長い1日を終えた。
2025年11月2日日曜日
ハーフマラソンのエントリーボタンを押しながら、頭の中ではもうハワイの空を見上げていた
大井川マラソンを走って、ひとつのことがわかった。
10㎞の壁は、もうない。
半年前は、10㎞という言葉を聞くだけで、胸の奥がざわついた。
走ったことのない距離という未知が、いつも足を重くしていた。
でも、今回の10㎞は違った。
息が上がっても、足が痛んでも、立ち止まる理由を探さなくなっていた。
少しずつ、身体が“走ること”に慣れてきたのかもしれない。
あるいは、心のほうがようやくついてきたのかもしれない。
年末の河口湖も10㎞だ。
それはそれで楽しみだけれど、
同じ距離を走っているだけでは、季節が巡っても、自分の中の何かは動かない気がした。
だから、次のステップへ進むことにした。
次は――ハーフだ。
少し遠くへ行ってみたいと思った。
知らない風を吸って、知らない街を走ってみたい。
そして見つけたのが、三浦国際市民マラソン(2026年3月1日)。
海の近くのコースらしい。
ホノルルマラソンの姉妹大会でもあるという。
完走者の中から抽選で、ホノルルマラソンに招待されるらしい。
順位じゃなくて、抽選。
それなら当たるかもしれない。
みんな、そんなふうに思いながらエントリーするんだろう。
あの海の風の中で、
自分の足音がどんな音になるのか、
それを確かめてみたい。
まだエントリーしただけなのに、もうパスポートを探している。
坂を登るたびに時間がずれる
東京駅から秋葉原まで、リュックを背負ったまま走った。 そこからさらに四谷のホテルまで走ることにした。距離にして八キロほどだ。目的地は決まっていたけれど、急いでいたわけではない。ただ足を前に出し続けていれば、いつかは着く。走るという行為は、だいたいいつもそういうものだ。 途中、市谷...
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天気予報は雨だった。 僕は大井川の河川敷のスタート地点に立っていた。 曇り空の向こうに、なぜか陽が差していた。 風はやや強く、湿気を含んでいる。思っていたよりも重い空気だ。 スタートの合図とともに、人の波がゆっくりと動き出す。 10キロという距離は、今の僕にとって長くも短くもな...
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秋のよく晴れた日に、僕はいくつかの運動をした。 昼寝を少しして、こどもが公文を終えるまでジムへ行く。丁寧に関節の動きを確認して、筋肉を引き伸ばして、身体の奥のスイッチを入れるだけじゃなく、またひとつ前に進んだことを確認し、またひとつ課題が浮かび上がってきたのを感じた。 公文を終え...