東京駅から秋葉原まで、リュックを背負ったまま走った。
そこからさらに四谷のホテルまで走ることにした。距離にして八キロほどだ。目的地は決まっていたけれど、急いでいたわけではない。ただ足を前に出し続けていれば、いつかは着く。走るという行為は、だいたいいつもそういうものだ。
途中、市谷を通った。
その地名を見た瞬間、身体の奥にしまい込んでいた何かが、軽くノックされるような感覚があった。
僕は大学受験を一度で終わらせることができなかった。だからこの街の駿台予備校に一年間通った。もう二十年以上も前の話だ。
はじめて親元を離れ、寮で暮らし、友達と同じ時間を過ごした一年は、今思えば驚くほど密度が高かった。けれど人は、たいていのことを忘れる。濃かったはずの時間ほど、案外あっさりと風化してしまう。
予備校は坂の上にあった。
それだけははっきり覚えている。
市谷駅から坂を登った。ところが、道は行き止まりだった。
「あれ?」と思った。
移転したのか、廃校になったのか。そんなはずはない。裏口へ続く坂は、確かにこの道だったはずだ。そう思いながら別の坂を登ってみるが、なかなか辿り着かない。
やはり、もうないのだろうか。
そう諦めかけたとき、予備校はあった。
意外と登るものだな、と思った。
校舎を少し離れた場所から眺め、正門の方へ回った。そうか、たしかにこんなふうに、回り道をして登っていた。記憶は歪んでいたけれど、坂そのものは変わっていなかった。
あんなに毎日通っていたのに、行き方がわからなくなる。
時間というのは、そういうふうに人の中で整理されていくのかもしれない。
駅前のエクセルシオールと本屋はまだあった。
校舎のふもとの富士そばも、モスバーガーも、マクドナルドも、ルノアールも、二十年前のままだった。
それ以外のものは、たぶんいろいろ変わっているのだろう。でも、何が変わったのかは、もうよくわからない。
走りながら、ノスタルジックな気持ちを抱えていた。
それは後ろ向きな感情というより、過去を確認するための軽い作業のようなものだった。
八キロを走り終え、ホテルに着いたとき、僕は少しだけ、自分の時間の輪郭を掴めた気がした。