2025年11月29日土曜日

冬の学会の朝、僕は透明な光の中で知らない街を好きになっていく

朝5時。

冬の空にはまだ星がいくつか残っていた。

人のいない中華街の門をくぐると、赤い装飾が夜の名残りをそのまま抱えていて、知らない街の静けさというものが、胸の中にゆっくり沈んでいく。


長崎をちゃんと歩く(走る)のは、ほとんど初めてだ。

修学旅行のハウステンボスの記憶は霧のように薄い。

大学院時代、奥さんと熊本旅行に行き、その帰りにフェリーで長崎経由で帰ったことはある。

僕の中では“新婚旅行”のつもりだったが、奥さんは今でも

「新婚旅行にはまだ連れて行ってもらっていない」

と譲らない。

そんな小さな言い合いも、走りながら思い返すとどこかほほえましい。

だからこそ、暗がりの中に見えた長崎の街並みはすべて新しかった。

路面電車の音も、川の匂いも、坂の角度も、初めての土地特有のワクワクで満ちていた。

路面電車沿いに走れば着くと思った平和公園は、逆方向に進んだ僕をあっさり裏切り、辿り着いたのは車庫だった。

正しい道に戻ってからは、明日の空港行きバスの乗り場を確認し、深い夜を抱えたままの原爆資料館を横目に、ようやく平和公園へたどり着いた。

教科書で見た銅像は、思っていたよりずっと大きかった。

名前がどうしても思い出せず、でも、記憶よりも実物のほうが大きく胸に響いて、名前なんて別にどうでもいいと思った。

帰りは海を探しながら走った。

アップルウォッチが途中で息を引き取り(電源が切れ)、足音だけが頼りになる。

そして帰り道、今日の臨床リウマチ学会の会場の「出島メッセ」の前を通った。

足を止めずに建物を眺め、「このあと、ここで発表するんだよな」と思うと、胸の奥が少しだけ熱くなる。

そこからの数キロは、頭の中でスライドをめくりながら走った。

言葉は、走るたびに少しずつ形を変える。


往路は迷い込んでの約8km。復路も寄り道と迷子をくり返しながらの8km。

アップルウォッチの沈黙を考慮しても、おそらく合計16km。

走り終えてホテルに戻ったとき、時計はちょうど2時間を示していた。

数字よりも、その遠回りの分だけ、長崎という街が心の中で大きくなっていった気がした。


冬の学会の朝、僕は透明な光の中で知らない街をゆっくり好きになっていった。

坂を登るたびに時間がずれる

東京駅から秋葉原まで、リュックを背負ったまま走った。 そこからさらに四谷のホテルまで走ることにした。距離にして八キロほどだ。目的地は決まっていたけれど、急いでいたわけではない。ただ足を前に出し続けていれば、いつかは着く。走るという行為は、だいたいいつもそういうものだ。 途中、市谷...