天気予報は雨だった。
僕は大井川の河川敷のスタート地点に立っていた。
曇り空の向こうに、なぜか陽が差していた。
風はやや強く、湿気を含んでいる。思っていたよりも重い空気だ。
スタートの合図とともに、人の波がゆっくりと動き出す。
10キロという距離は、今の僕にとって長くも短くもない。
東日本国際マラソンから半年。
あのとき感じた10キロへの恐怖は、もうほとんど残っていない。
呼吸のリズムを探し、足音のあいだに自分の体の音を聴く。
いつものように、考えすぎないようにと自分に言い聞かせながら。
思いのほか足取りは軽い。スタートから次々に人を抜かしていく。
けれど、はやくも息が上がる。
この半年、僕は心肺よりも関節可動域の拡張や筋肉の伸長を優先してきた。
ないがしろにされた心肺は、あっさりと悲鳴をあげた。
2キロ、3キロ、そして5キロ。
少しずつ、抜いたランナーに抜かされていく。
大井川の水面は鈍い銀色で、遠くの橋の上にはまだ観客がいた。
折り返し地点を過ぎ、すれ違うランナーの表情は、それぞれに物語を持っている。
途中で時計を見るのをやめた。
数字ではなく、ただ走ることそのものに集中したくなったからだ。
イヤホンがお気に入りの音楽のあいだで、1キロごとの平均ペースを告げる。
5キロを過ぎても、6分を超えないように、少しずつ減速していく。
目標は1時間で戻ること。
スタートダッシュの貯金があるおかげで、ペースにはまだ余裕がある。
少しの力を残して、前へ、前へと進む。
そして9キロで、イヤホンが「平均ペース5分59秒」と告げた。
僕は最後のエンジンに火をともした。
余力を残していたつもりだった最後のエンジンは、ガラクタだった。
なかなか動かず、頭がくらくらする。
59分50秒でゴールラインを超えた。
ゴールの向こうで、曇天が少しだけ明るくなっていた。
天気予報は外れた。
今日の空は、僕のためにひとつだけ間違えてくれた。