先輩との飲みが終わって、品川のホテルに戻ったのは0時半だった。
着替えを済ませ、外に出る。雨は降っていない。
今回の東京でのミッションのひとつは、皇居ランだ。
1周は5キロほど。品川からの往復を入れると15、6キロになるだろう。
ハーフマラソンに向けて、少しずつ距離を伸ばしていく段階にある。
本当は朝に走るつもりだった。
けれど、天気予報では夜明けとともに雨。
だから、深夜に走るしかなかった。
加えて、この時間になるまでの時間が濃密すぎて、走らないと眠れないなってのもあったから。頭はスパークしていた。
少しの不安と、少しの高揚を抱えて、ホテルの自動ドアを抜けた。
東京タワーを目指して走り出したが、地上からはまったく見えなかった。
ビルの隙間を縫い、青い案内標識を頼りに、皇居の方角へ向かう。
街は眠っているようで、実はどこかで静かに呼吸していた。
24時間ジムの灯り、タクシーの尾灯、光らない東京タワー。
深夜の東京には、昼にはない種類のリズムがある。
皇居に着いたとき、すでに心は少し弱っていた。
足は重く、さっき飲んだジンジャー梅酒のソーダ割が、体の中でゆっくり反乱を起こしていた。
引き返してもよかった。
でも、僕は前に進むことを選んだ。
誰もいない深夜の皇居ラン。
広すぎる静けさに心を砕かれそうになりながらも、一周を走りきった。
こんな時間でも、警備員たちは規則正しい間隔で立っている。
眠らない街・東京の輪郭が、そこにはあった。
雨がぽつぽつと落ち始めたころ、ホテルの灯りが見えた。
時計は3時を少し過ぎていた。
17.6キロ。これまでの練習で一番長い距離だった。
東京の夜景を背に、イヤホンから流れるのは、懐かしい槇原敬之とスキマスイッチ。
十代の頃の風景が、音に引き出されるように蘇ってくる。
人生は案外、音楽と同じで、思いがけないタイミングでリフレインする。
走ることは、過去を整理するための、いちばん静かな方法なのかもしれない。
冷え切ったからだを湯船に浮かべてから、長い長い1日を終えた。