2025年12月15日月曜日

河口湖の空はなにも間違えてはくれなかった

富士山チャリティマラソン11㎞を、7年ぶりに再会する親友との待ち合わせ場所にした。
それは、ごく自然な流れだったように思う。

天気は予報通りの雨だった。
河口湖の空はなにも間違えてはくれなかった。

二人とも河口湖周辺の駐車場を取り忘れていた僕らは、家族に応援してもらうのをあきらめ、友達の車で二人だけ早朝にホテルを出て、河口湖駅の二つ手前の富士山駅に車を停めた。

駐車場がなかなか見つからず、電車に間に合うかどうか、40歳にもなる大人二人が見知らぬ地で焦る時間が続いた。友達の卒業旅行がてらに二人で行ったフィジー旅行を思い出した(準備不足で焦ってばっかだった)。

雨がっぱもなかった。
コンビニで買ったゴミ袋に、頭と片腕分の穴をあけて被った。
奇妙な姿だったが、選択としては正しかった。

スタートしてから、それを脱ぎ捨てたときにわかった。
ゴミ袋は、驚くほどあたたかかった。
雨をはじき、熱を逃がさない。
厚さ0.1mmの、人生でいちばん信頼できる防寒具だったかもしれない。

最初の5㎞は並んで走った。
友達はアップルウォッチの電源が切れていて、1㎞ごとに僕がペースを伝えた。
7㎞あたりから、少しずつ友達の背中が遠くなっていった。

ただ、これまでのレースではくじけていただろうタイミングで、今回はくじけそうなとき、前に友達がいるというだけで、足が出た。

30mほどの差で、友達が先にゴールした。
なんとかくらいついたんだ。

心肺でも筋肉でもない。
殻をやぶる気持ちだったんだ。
7年ぶりに会った友達が、走りながら教えてくれた。

下り坂の走り方を覚えた。前を行く背中を追い、弾丸みたいに坂を下った。
足が地面に触れた一瞬だけ力を入れて、あとは、力を抜く。
身体が自然に前に運ばれていく。

人生も、たぶん似たようなものだと思った。

ずっと一人だけで闘うのは、もうやめよう。
半年後、湘南あたりのハーフマラソンを一緒に走る約束をして、僕らはそれぞれの場所へ戻っていった。

坂を登るたびに時間がずれる

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