2025年10月22日水曜日

10分の1の速度で通り過ぎる浜松の街

 夜の余韻がまだ部屋の空気に残っていた。子どもたちは布団の中で静かに寝息を立て、妻は寝返りをうちながら毛布を直した。僕だけがそっと起き上がり、玄関の鍵を音を立てないように閉め、ホテルを出た。

外は、まだ夜と朝のあいだの色をしていた。少し湿った風。眠気を引きずる体。とりあえず走り出す。ペースは1キロ9分。重い。眠り足りない体が、まるで自分の意志とは別の方向に進もうとする。

けれど、不思議と「それでも進もう」と思えた。どこへ行くでもなく、とにかく海へ向かう。浜松の道は広くて、車のいない朝は、まるで違う街のようだ。

途中、ファミマの明かりがやけにあたたかく見えた。コーン茶を500ml、一気に飲み干す。冷たい麦色の液体が喉を通るたびに、体の中のスイッチがひとつずつ入っていく感じがした。

遠州灘に着く。海はもう朝の光を受けて、銀色にきらめいていた。投げ釣りをしている人たちが、糸を放るたびに静かなリズムをつくる。波の音と混ざって、それが妙に落ち着く。僕は高台の道を走りながら、潮の匂いを深く吸った。

戻る道、アクトタワーが遠くに見える。あの塔はいつ見ても浜松らしい。どこか、音楽のような街の象徴だ。足は軽くなっていた。帰り道の風はもう完全に朝のものだった。

3年前、車でいつも通り過ぎていた景色が、今日はまるで別の国の風景みたいに見える。速度が十分の一になると、世界の密度はこんなにも濃くなるのか。ホテルに着く頃には、14キロを走っていた。半年前に走り始めてから、いちばん長い距離だった。1キロ8分40秒。

部屋に戻ると、家族はまだ眠っていた。カーテンの隙間から差し込む光が、白いシーツの上を静かに滑っていた。その光を見ながら、僕はなんとなく「よく走ったな」と思った。

そして少しだけ、また眠くなった。

2025年10月18日土曜日

体の中の糸をほぐすように

 胸椎伸展という言葉を、ジムのトレーナーさんから聞いたのは数週間前のことだ。

それからというもの、僕はスキマ時間ができるたびに背中を伸ばすようになった。


朝起きてちょっとしてから、1日の診察の準備の合間、シャワーを浴びたあと、ジムに行く前。

ほんの数十秒、正座をするように足元を整えて、後ろのヨガブロックに向かってゆっくりと倒れこんでいく。

胸を開き、背骨のひとつひとつを意識して伸ばす。

最初はぎこちなかったけれど、最近ようやく少しずつ「伸びてきた」感覚がある。


初動負荷のトレーニングでは、動きの流れを大切にしてきた。

でも、こうしてゆっくりと体を伸ばすのも悪くない。

体の奥にある見えない糸を、静かにほどいていくような時間だ。


来週は大井川マラソン(10km)。

最近、第1回大会を走ったというMRさんが「コースは舗装されていて走りやすかったですよ」と教えてくれた。

それを聞いて、少し安心した。風が強くても、舗装された道なら、足裏の感覚を信じていける気がする。


体づくりは、まだ途上だ。

けれど、年末の河口湖を前にしたこの10kmは、自分なりの前哨戦みたいなものだと思っている。

週に一度は10kmを走り、少しずつ感覚を積み重ねてきた。

4月に初めて大会を走ってから、体の柔軟性も、身体構造への理解も、飛躍的に伸びている。


背骨を伸ばすように、少しずつ。

焦らず、でも止まらず。

2025年10月12日日曜日

誰もいない三連休の真ん中を走る

 今日は三連休の中日で、そんな日に救急センターでの仕事がまわってきた。
くじを引いたら「当番日」が出た、そんな朝だ。
世間が休む日を、僕が支える番らしい。

でも、外をみれば雨がやんでいた。
街はまだ眠っているみたいに静かだ。
アスファルトがまだ濡れていて、そこに光が落ちて、ところどころ小さな湖みたいに光っている。
こういう朝は、理由もなく体が動きたがる。

走りたいから走るというより、今日は走らないと一日がうまく始まらない気がした。
靴ひもを結んで外に出る。

冷たい空気が肺に入って、体の奥のスイッチがカチリと音を立てる。
誰もいない道を走ると、世界がほんの少し、自分だけのものになる気がする。

さて、行ってきます。
雨のあとの空は、どこか遠くまで続いているように見えたんだ。

2025年10月9日木曜日

2週間後の川、年末の湖

 久しぶりに10キロを走った。
夕方の空気は澄んでいて、太陽が斜めに街を照らしていた。
水曜日の午後は診療がない、走らない手はないと思った。

ビモロシューズであったこともあって、タイムはそれほど出なかった。でも、それでいい。足の動きが整う感覚のほうが、今日は大事だった。

二週間後には大井川の川マラソンで10キロを走る。相模原とは違って、あの川沿いは微妙な起伏がありそうな気がする。風の抜け方も、きっと違うだろう。
そして年末は河口湖。あの冷たい空気の中でまた10キロ。

来年はハーフマラソンに出たい。

ただし急がない。日ごとに見たらわからないくらい、ほんの少しずつ距離を伸ばしていく。
昨日より100メートル、あるいは数分だけ長く走る。
そんな小さな積み重ねが、やがて目に見えない坂を越えて、遠くへ連れていってくれる。

気づいたら、もう少し遠くまで行けるようになっているはずだ。

2025年9月29日月曜日

富士川の川沿いを一緒に走ろう

秋のよく晴れた日に、僕はいくつかの運動をした。

昼寝を少しして、こどもが公文を終えるまでジムへ行く。丁寧に関節の動きを確認して、筋肉を引き伸ばして、身体の奥のスイッチを入れるだけじゃなく、またひとつ前に進んだことを確認し、またひとつ課題が浮かび上がってきたのを感じた。

公文を終えたこどもと待ち合わせて、公園に集まった。野球をするためだ。なぜ野球なのかといえば、先日ナイターゲームを観に行ったせいだろう。あの光の下で見た白球の軌跡が、まだ頭の中に残っているのだ。家の中でキャッチボールをしていたのも、その延長にすぎない。今日はただ、外で思い切り投げたかったんだろう。

野球をして、バレーボールをして、リレーまでやった。息子は最近、石川祐希の本を読んでいたし、家族でたまの夜更かしに世界陸上を観たりしていたから、そういう流れになるのも自然だった。こどもたちの興味はどこからやって来て、どこへ向かうのか、いつも不思議に思う。

夕方になって家に戻ると、こどもたちは机に向かい、僕はビモロシューズを履いて走りに出た。六キロほど。歩道がどこにあって、どこにないのかを確かめながら走る。息子が今度は一緒に走りたいって言いだしたんだ。

3年前のことを思い出す。小四になったら佐鳴湖を一周一緒に走るか。って言っていたけど、その約束はもう果たせない。僕たちは浜松から引っ越してきたんだ。代わりに、こんど富士川の川沿いを一緒に走ろう。

川面に映る夕方の光は、少し冷たく、そしてどこか懐かしい匂いがした。

2025年9月23日火曜日

秋分の日の朝に

  今日は秋分の日で休み。

朝のうちに紹介状を三通仕上げる。むしろ朝の机は仕事がはかどるから気は重くない。ペンを置いたとき、休みの一日がようやく始まった気がした。

行けるときには時間をみつけてジムに通っている。けれども、ジムは火曜日が休みなんだ。せっかくの休日だがジムに行けない。だから今日は早朝に西公園を走ることにした。

少し空気は冷えてきはじめたようだ。思いの外ランナーやウォーカーが多い。犬のリードが朝の光に揺れて、静かなはずの公園がそれぞれのリズムで動いていた。

5キロ走って汗を拭い、息が整うと、不思議と体が軽くなっていた。走った後のわずかな高揚感が、今日これからの移動を少し楽しみにさせてくれる。

向かう先は山梨。新聞に載っていた釣り堀ランキングにのっていたので、こどもとここに行こうって約束していたんだ。渓流をそのまま活かしたような釣り堀らしい。水音を聞きながら糸を垂らす時間を想像するだけで、少しわくわくする。

しかし、なんで釣り堀かというと、この前の海釣りでサビキを使い、文字通り大漁(大量)に釣れた。バケツいっぱいの魚を持ち帰って、からあげにして食卓に並べたのだが、どこかサビキの匂いが残っていて、みんな少し顔を見合わせた。そんな記憶が残っているからこそ、今日は渓流の澄んだ水で育った魚を味わってみるのだ。

2025年9月18日木曜日

一歩一歩を修正する価値

 走るよりもジムに通う日が多くなった。

それは、筋肉を盛るためではない。初動負荷のマシンに身体をゆだね、関節や筋肉の動きをひとつずつ整えるためだ。


けれど、そのぶん「走る時間がない」という感覚は消えない。

だから僕は、ビモロのシューズを手に入れた。


ビモロは、初動負荷理論を体現するために設計された靴だ。

つま先からかかとにかけて自然なローリングが生まれ、着地や蹴り出しがスムーズにつながっていく。足を入れるだけで、動きそのものを修正してくれるような感覚がある。


大阪万博の日、その靴で一万四千歩ほど歩いた。

一歩ごとに、知らぬあいだにフォームが矯正されていったのだろうか。

万博の熱気と人波のなかで、自分の歩きが少しでも変わったことを祈る。

坂を登るたびに時間がずれる

東京駅から秋葉原まで、リュックを背負ったまま走った。 そこからさらに四谷のホテルまで走ることにした。距離にして八キロほどだ。目的地は決まっていたけれど、急いでいたわけではない。ただ足を前に出し続けていれば、いつかは着く。走るという行為は、だいたいいつもそういうものだ。 途中、市谷...