2025年9月18日木曜日

一歩一歩を修正する価値

 走るよりもジムに通う日が多くなった。

それは、筋肉を盛るためではない。初動負荷のマシンに身体をゆだね、関節や筋肉の動きをひとつずつ整えるためだ。


けれど、そのぶん「走る時間がない」という感覚は消えない。

だから僕は、ビモロのシューズを手に入れた。


ビモロは、初動負荷理論を体現するために設計された靴だ。

つま先からかかとにかけて自然なローリングが生まれ、着地や蹴り出しがスムーズにつながっていく。足を入れるだけで、動きそのものを修正してくれるような感覚がある。


大阪万博の日、その靴で一万四千歩ほど歩いた。

一歩ごとに、知らぬあいだにフォームが矯正されていったのだろうか。

万博の熱気と人波のなかで、自分の歩きが少しでも変わったことを祈る。

2025年9月15日月曜日

土曜日の2部練

土曜日は初めて初動負荷ジムで二部練をした。午前中に三時間、夕方に一時間。

午前の三時間は思ったよりもあっという間だった。いつものように一つ一つの動きを繰り返しているうちに、時間の感覚が少し曖昧になっていく。機械の動きに合わせて体を預けていると、自分がそこにいるのか、あるいは機械に動かされているだけなのか、わからなくなる瞬間がある。

そして夕飯前に、もう一度ジムへ。今度は1時間。

同じ動きをしているはずなのに、午前にはなかった発見がある。

「ここが少しスムーズに動く」「この角度なら痛みが出ない」――毎回、新しい気づきが身体の中に隠されている。

二部練というと学生時代の部活動以来だけれど、初動負荷トレーニングだと全然違う。

身体に負担をかけすぎずに、自分の動き方を知っていく作業。

それは、走り出すための静かな準備運動だ。

2025年9月3日水曜日

走らないことに慣れる才能はあるのに、走り始めるには少しの覚悟がいる

 年末に河口湖を走ることになっている。10キロのレースだ。友達も一緒に走るから、あまりみっともない姿は見せられない。そういう事情で、実は10月の大井川マラソン(10㎞)にエントリーしてある。つまり、その前哨戦というやつだ。


でも、ここ二ヶ月ほど僕は走っていない。理由を探せばいくつも出てくる。足の裏の痛みもそうだし、夏の暑さに言い訳を見つけたこともそうだ。でも本当のところは、自分が走らないことに慣れてしまったのだと思う。人は意外に、忘れることの達人だ。


その間、僕は初動負荷トレーニングに夢中になっていた。関節の動き、フォームの改善。機械の上で自分の体をひとつひとつ分解して組み立て直すような時間。ジムで機械に向かって体を動かしながら、「これで僕の走りはきっと良くなる」と自分に言い聞かせていた。でも当然、それは「走る」ことそのものではない。心肺は相変わらず沈黙したままだし、身体はランナーとしての記憶を封印したままだ。


走るということは、走ることでしか思い出せない。足が地面を叩くリズム、肺が少しずつ苦しくなる感じ、汗が背中を流れる温度。それを体に刻みなおさないといけない。忘れられたことは、自分の脚で拾いに行くしかないのだ。


今日は半日診療で仕事が終わる。午後になったら、久しぶりに走ってみようと思う。走り出す瞬間はきっと、少し気まずい。友達の家に長いあいだ顔を出さなかったあと、ドアベルを押すような感覚だ。けれど、走らなければ始まらない。


走ることは、言い訳の数よりも単純で、機械よりも正直で、そして忘れてしまうには惜しいものだから。

2025年8月27日水曜日

10kmより遠いのは宿の相談

年末に河口湖の10kmマラソンを走る。

もうエントリーは済ませていて、あとは宿を決めるだけだ。


一緒に走るのは高校時代の親友。

彼の奥さんは、僕にとって大学時代の親友だ。

だから、二人に会うと不思議な感覚になる。

「友達の夫婦」でもあり「それぞれに昔からの親友」でもある。

線を引いて考えようとしても、どこかで交わってしまう。


何年も会っていなくても、不思議と緊張しない。

空白を埋めようとしなくても、もうすでに埋まっている。

その気楽さに甘えながら、ただ「久しぶり」と言葉を交わすだけで十分なのだ。


マラソンは口実みたいなものかもしれない。

でも、走るための約束があるから、僕らは再び集まれる。

エントリーを済ませた瞬間から、その未来は確実に動き出している。


10kmは、数字にすればささやかな距離だ。

けれど、久しぶりに会う友と、その家族と僕の家族が並んでいる風景を想像すると、

その距離はただの「10km」以上のものになる。


年末の冷たい空気を吸い込んで、僕らはスタートラインに立つ。

その横顔に、十代の僕や、大学時代の僕が重なって見える。

そしてゴールの先では、今の僕らが笑っているはずだ。


――そんな未来を思いながら、宿の相談をLINEで続けている。

でもやっぱり、なかなか決まらない。

昔から高校時代の親友は優柔不断なんだ。


結局、「もう奥さんに決めてもらって」と、むこう側に丸投げしてしまった。

でも、大学時代の親友も優柔不断なんだよなー。

2025年8月17日日曜日

東日本国際マラソン10km回顧録06 完結編

  2周目のコースに入ったとき、身体の奥に眠っていた何かが、少しずつ目を覚ますような感覚があった。呼吸は荒い。心拍数も上がっている。けれど、それを押しとどめようとする理性よりも、「ここからだ」という気持ちが強かった。

 前方に、さっきまで一緒に流れていた集団の背中が見える。距離はある。でも、まったく追いつけないほどではない。少しずつ、少しずつ、呼吸のリズムを刻み直して、脚を運ぶ。ペースを上げるというのは、たんにスピードを出すことではなく、脚の動きを信じることに近かった。

 折り返し地点をすぎると、案の定、向かい風が待っていた。頬にあたる風は、鈍い抵抗のかたまりのように立ちはだかる。脚の重さが一気に増す。ここで失速するのは簡単だった。けれど、僕はほんの少しだけ身体を前に傾け、腕を強めに振った。風を切るのではなく、風に体を溶け込ませるようにして進む。

 残り2km。

 ここからが本当の勝負だった。呼吸は苦しい。脚の裏側に、いつ攣ってもおかしくない緊張感が走る。それでも、沿道からの拍手や声援が、何度も背中を押してくれた。見知らぬ誰かの「がんばれ」という声が、驚くほど力になる。自分が走っているのは、自分のためだけじゃない。そう思える瞬間が、マラソンにはある。

 2週目は、抜かされるよりも抜かしてみせることができた。

 ゴールが見えたとき、胸の奥に残っていた最後の力を振り絞った。もう限界だ、と思いながらも、脚は止まらなかった。フィニッシュラインを越えた瞬間、時計を見るよりも先に、息を大きく吐き出した。

 ゴールラインを越えた瞬間、Apple Watchの数字は「59分台」。練習でも一度も切れなかった60分を、ぎりぎりとはいえ越えることができた。わずかな差であっても、それは努力ではなく執念が連れてきた一歩だった。

 その余韻のまま直行した水飲み場で、しばらく立ち尽くした。冷たい水が喉を滑り落ちていく感覚だけが現実で、それ以外は霞んでいた。その間に、ゴールで応援してくれていた家族の姿を見失ってしまった。歓声と人波のなかで、すぐ近くにいたはずの存在が、ふっと遠のいていった。少し寂しかったが、それもまたマラソンという場の不思議な余韻なのかもしれない。

 ようやく家族と合流し、みんなで近くの銭湯へ向かった。露天風呂に肩まで沈め、空を仰ぐ。達成感と疲労が、湯気のなかにほどけていった。僕がゆっくりつかりたかったので、息子が露天風呂でそろそろでる?って聞いてきた時にあとちょっとだけ入ってていい?って言ってちょっと長風呂したんだ。

 けど、夕食の席で、息子は箸をほとんど進めなかった。帰宅後に高熱が出ていることがわかり、ようやく僕は気づいたんだ。あの日、炎天下で体調が悪いにもかかわらず、息子はずっと応援してくれていたのだ。

 そのことを思うと、胸がぎゅっと締めつけられる。きっと一生、忘れられないだろう。

 最高に忘れがたい「最初のマラソン」だった。

2025年8月13日水曜日

軽くなった負荷が語ること

以前は懸垂を補助なしでやっていた。7回やって、少し休んで、3回。一日の懸垂はそれで終わり。数にすれば10回だけど、その10回は、錆びついたシャッターを全身で引き上げるような、重くて少し粘る感触だった。

最近は補助バンドを使っている。ゴムの張力に体を預けるのは、最初は少し頼りない気がしたけれど、10回を3セット、持ち方を3通りに変えてやってみると、背中や肩のまだ使い慣れていない筋肉が、自分の存在を思い出したみたいに反応してくる。

普通なら、負荷をどんどん上げていくのかもしれない。でも、最近の僕は少し違う。初動負荷トレーニングを続けて、いろいろな筋肉や関節の使い方を知った。だから今は、重さよりも、いろいろな筋肉に刺激を与えることのほうに興味がある。

負荷は軽くなったはずなのに、運動量は増えているだろう。それはちょうど、深煎りのコーヒーを一口だけ飲むのと、カフェインレスのコーヒーをゆっくりマグカップで飲む違いに似ている。どちらも満たされるけれど、効き方が違う。

重ければいいというわけじゃない。軽くして、回数やバリエーションを増やすことで、今まで感じなかった景色が見えてくることもある。

たとえば、車で通り過ぎるだけだった道端に、季節ごとに色を変える木があったことに気づくみたいに。

2025年8月8日金曜日

昼休みのシャワーと遠藤保仁

体重が69.5kgになった。ちょうど1ヶ月で0.5kgの減量。

この0.5という数字には、夜の炭水化物を我慢した日や、ふくらはぎの張りを感じながらの初動負荷トレーニングの積み重ねが詰まっている。

最近は、ただ黙々と身体と向き合う時間が増えた。初動負荷という言葉の中には、最初の一歩のような響きがある。大げさだけど、筋肉のトレーニングをしているのではなく、人生の準備体操をしているような気分になるときがある。

そして今日、クリニックにシャワー室が設置された。冷水"しか"出ないちゃんとしたやつだ。業者の人が最後に蛇口をひねって水を流したとき、僕は黙ってそれを眺めていた。そこには、希望の水滴が眩しく光った。たぶん、人生で「シャワー室を設置した日」が何日もある人なんて、そう多くないだろう。

遠藤保仁が試合のハーフタイムにシャワーを浴びるっていうのは有名な話。ヤットさんが、無言でシャワーを浴びて、濡れた髪のまま後半に向かうユニフォーム姿は、スタジアムにでた瞬間にゲームを支配するんだ。僕はずっとそれがやりたかった。

明日の昼休み。僕は誰にも言わず、シャワー室に向かう。水が首筋に当たった瞬間、身体の中の酸素が冷えて息が苦しくなるかもしれないし、何かがリセットされるかもしれない。その瞬間を想像するだけで、今日は眠れない。

午後の外来も、初動負荷トレーニングも、体重の0.5kgも、すべてがこの「明日のハーフタイムの冷水シャワー」の伏線だったんじゃないかと思えてくる。

そんな真夏の夜。

坂を登るたびに時間がずれる

東京駅から秋葉原まで、リュックを背負ったまま走った。 そこからさらに四谷のホテルまで走ることにした。距離にして八キロほどだ。目的地は決まっていたけれど、急いでいたわけではない。ただ足を前に出し続けていれば、いつかは着く。走るという行為は、だいたいいつもそういうものだ。 途中、市谷...