年末に河口湖を走ることになっている。10キロのレースだ。友達も一緒に走るから、あまりみっともない姿は見せられない。そういう事情で、実は10月の大井川マラソン(10㎞)にエントリーしてある。つまり、その前哨戦というやつだ。
でも、ここ二ヶ月ほど僕は走っていない。理由を探せばいくつも出てくる。足の裏の痛みもそうだし、夏の暑さに言い訳を見つけたこともそうだ。でも本当のところは、自分が走らないことに慣れてしまったのだと思う。人は意外に、忘れることの達人だ。
その間、僕は初動負荷トレーニングに夢中になっていた。関節の動き、フォームの改善。機械の上で自分の体をひとつひとつ分解して組み立て直すような時間。ジムで機械に向かって体を動かしながら、「これで僕の走りはきっと良くなる」と自分に言い聞かせていた。でも当然、それは「走る」ことそのものではない。心肺は相変わらず沈黙したままだし、身体はランナーとしての記憶を封印したままだ。
走るということは、走ることでしか思い出せない。足が地面を叩くリズム、肺が少しずつ苦しくなる感じ、汗が背中を流れる温度。それを体に刻みなおさないといけない。忘れられたことは、自分の脚で拾いに行くしかないのだ。
今日は半日診療で仕事が終わる。午後になったら、久しぶりに走ってみようと思う。走り出す瞬間はきっと、少し気まずい。友達の家に長いあいだ顔を出さなかったあと、ドアベルを押すような感覚だ。けれど、走らなければ始まらない。
走ることは、言い訳の数よりも単純で、機械よりも正直で、そして忘れてしまうには惜しいものだから。