朝5時。
冬の空にはまだ星がいくつか残っていた。
人のいない中華街の門をくぐると、赤い装飾が夜の名残りをそのまま抱えていて、知らない街の静けさというものが、胸の中にゆっくり沈んでいく。
長崎をちゃんと歩く(走る)のは、ほとんど初めてだ。
修学旅行のハウステンボスの記憶は霧のように薄い。
大学院時代、奥さんと熊本旅行に行き、その帰りにフェリーで長崎経由で帰ったことはある。
僕の中では“新婚旅行”のつもりだったが、奥さんは今でも
「新婚旅行にはまだ連れて行ってもらっていない」
と譲らない。
そんな小さな言い合いも、走りながら思い返すとどこかほほえましい。
だからこそ、暗がりの中に見えた長崎の街並みはすべて新しかった。
路面電車の音も、川の匂いも、坂の角度も、初めての土地特有のワクワクで満ちていた。
路面電車沿いに走れば着くと思った平和公園は、逆方向に進んだ僕をあっさり裏切り、辿り着いたのは車庫だった。
正しい道に戻ってからは、明日の空港行きバスの乗り場を確認し、深い夜を抱えたままの原爆資料館を横目に、ようやく平和公園へたどり着いた。
教科書で見た銅像は、思っていたよりずっと大きかった。
名前がどうしても思い出せず、でも、記憶よりも実物のほうが大きく胸に響いて、名前なんて別にどうでもいいと思った。
帰りは海を探しながら走った。
アップルウォッチが途中で息を引き取り(電源が切れ)、足音だけが頼りになる。
そして帰り道、今日の臨床リウマチ学会の会場の「出島メッセ」の前を通った。
足を止めずに建物を眺め、「このあと、ここで発表するんだよな」と思うと、胸の奥が少しだけ熱くなる。
そこからの数キロは、頭の中でスライドをめくりながら走った。
言葉は、走るたびに少しずつ形を変える。
往路は迷い込んでの約8km。復路も寄り道と迷子をくり返しながらの8km。
アップルウォッチの沈黙を考慮しても、おそらく合計16km。
走り終えてホテルに戻ったとき、時計はちょうど2時間を示していた。
数字よりも、その遠回りの分だけ、長崎という街が心の中で大きくなっていった気がした。
冬の学会の朝、僕は透明な光の中で知らない街をゆっくり好きになっていった。