2025年10月28日火曜日

今日の空は、僕のためにひとつだけ間違えてくれた。大井川の河川敷を10㎞走る。

 天気予報は雨だった。

僕は大井川の河川敷のスタート地点に立っていた。


曇り空の向こうに、なぜか陽が差していた。

風はやや強く、湿気を含んでいる。思っていたよりも重い空気だ。


スタートの合図とともに、人の波がゆっくりと動き出す。

10キロという距離は、今の僕にとって長くも短くもない。


東日本国際マラソンから半年。

あのとき感じた10キロへの恐怖は、もうほとんど残っていない。


呼吸のリズムを探し、足音のあいだに自分の体の音を聴く。

いつものように、考えすぎないようにと自分に言い聞かせながら。


思いのほか足取りは軽い。スタートから次々に人を抜かしていく。

けれど、はやくも息が上がる。

この半年、僕は心肺よりも関節可動域の拡張や筋肉の伸長を優先してきた。

ないがしろにされた心肺は、あっさりと悲鳴をあげた。


2キロ、3キロ、そして5キロ。

少しずつ、抜いたランナーに抜かされていく。


大井川の水面は鈍い銀色で、遠くの橋の上にはまだ観客がいた。

折り返し地点を過ぎ、すれ違うランナーの表情は、それぞれに物語を持っている。


途中で時計を見るのをやめた。

数字ではなく、ただ走ることそのものに集中したくなったからだ。


イヤホンがお気に入りの音楽のあいだで、1キロごとの平均ペースを告げる。

5キロを過ぎても、6分を超えないように、少しずつ減速していく。

目標は1時間で戻ること。

スタートダッシュの貯金があるおかげで、ペースにはまだ余裕がある。

少しの力を残して、前へ、前へと進む。


そして9キロで、イヤホンが「平均ペース5分59秒」と告げた。

僕は最後のエンジンに火をともした。


余力を残していたつもりだった最後のエンジンは、ガラクタだった。

なかなか動かず、頭がくらくらする。

59分50秒でゴールラインを超えた。


ゴールの向こうで、曇天が少しだけ明るくなっていた。

天気予報は外れた。

今日の空は、僕のためにひとつだけ間違えてくれた。

2025年10月22日水曜日

10分の1の速度で通り過ぎる浜松の街

 夜の余韻がまだ部屋の空気に残っていた。子どもたちは布団の中で静かに寝息を立て、妻は寝返りをうちながら毛布を直した。僕だけがそっと起き上がり、玄関の鍵を音を立てないように閉め、ホテルを出た。

外は、まだ夜と朝のあいだの色をしていた。少し湿った風。眠気を引きずる体。とりあえず走り出す。ペースは1キロ9分。重い。眠り足りない体が、まるで自分の意志とは別の方向に進もうとする。

けれど、不思議と「それでも進もう」と思えた。どこへ行くでもなく、とにかく海へ向かう。浜松の道は広くて、車のいない朝は、まるで違う街のようだ。

途中、ファミマの明かりがやけにあたたかく見えた。コーン茶を500ml、一気に飲み干す。冷たい麦色の液体が喉を通るたびに、体の中のスイッチがひとつずつ入っていく感じがした。

遠州灘に着く。海はもう朝の光を受けて、銀色にきらめいていた。投げ釣りをしている人たちが、糸を放るたびに静かなリズムをつくる。波の音と混ざって、それが妙に落ち着く。僕は高台の道を走りながら、潮の匂いを深く吸った。

戻る道、アクトタワーが遠くに見える。あの塔はいつ見ても浜松らしい。どこか、音楽のような街の象徴だ。足は軽くなっていた。帰り道の風はもう完全に朝のものだった。

3年前、車でいつも通り過ぎていた景色が、今日はまるで別の国の風景みたいに見える。速度が十分の一になると、世界の密度はこんなにも濃くなるのか。ホテルに着く頃には、14キロを走っていた。半年前に走り始めてから、いちばん長い距離だった。1キロ8分40秒。

部屋に戻ると、家族はまだ眠っていた。カーテンの隙間から差し込む光が、白いシーツの上を静かに滑っていた。その光を見ながら、僕はなんとなく「よく走ったな」と思った。

そして少しだけ、また眠くなった。

2025年10月18日土曜日

体の中の糸をほぐすように

 胸椎伸展という言葉を、ジムのトレーナーさんから聞いたのは数週間前のことだ。

それからというもの、僕はスキマ時間ができるたびに背中を伸ばすようになった。


朝起きてちょっとしてから、1日の診察の準備の合間、シャワーを浴びたあと、ジムに行く前。

ほんの数十秒、正座をするように足元を整えて、後ろのヨガブロックに向かってゆっくりと倒れこんでいく。

胸を開き、背骨のひとつひとつを意識して伸ばす。

最初はぎこちなかったけれど、最近ようやく少しずつ「伸びてきた」感覚がある。


初動負荷のトレーニングでは、動きの流れを大切にしてきた。

でも、こうしてゆっくりと体を伸ばすのも悪くない。

体の奥にある見えない糸を、静かにほどいていくような時間だ。


来週は大井川マラソン(10km)。

最近、第1回大会を走ったというMRさんが「コースは舗装されていて走りやすかったですよ」と教えてくれた。

それを聞いて、少し安心した。風が強くても、舗装された道なら、足裏の感覚を信じていける気がする。


体づくりは、まだ途上だ。

けれど、年末の河口湖を前にしたこの10kmは、自分なりの前哨戦みたいなものだと思っている。

週に一度は10kmを走り、少しずつ感覚を積み重ねてきた。

4月に初めて大会を走ってから、体の柔軟性も、身体構造への理解も、飛躍的に伸びている。


背骨を伸ばすように、少しずつ。

焦らず、でも止まらず。

2025年10月12日日曜日

誰もいない三連休の真ん中を走る

 今日は三連休の中日で、そんな日に救急センターでの仕事がまわってきた。
くじを引いたら「当番日」が出た、そんな朝だ。
世間が休む日を、僕が支える番らしい。

でも、外をみれば雨がやんでいた。
街はまだ眠っているみたいに静かだ。
アスファルトがまだ濡れていて、そこに光が落ちて、ところどころ小さな湖みたいに光っている。
こういう朝は、理由もなく体が動きたがる。

走りたいから走るというより、今日は走らないと一日がうまく始まらない気がした。
靴ひもを結んで外に出る。

冷たい空気が肺に入って、体の奥のスイッチがカチリと音を立てる。
誰もいない道を走ると、世界がほんの少し、自分だけのものになる気がする。

さて、行ってきます。
雨のあとの空は、どこか遠くまで続いているように見えたんだ。

2025年10月9日木曜日

2週間後の川、年末の湖

 久しぶりに10キロを走った。
夕方の空気は澄んでいて、太陽が斜めに街を照らしていた。
水曜日の午後は診療がない、走らない手はないと思った。

ビモロシューズであったこともあって、タイムはそれほど出なかった。でも、それでいい。足の動きが整う感覚のほうが、今日は大事だった。

二週間後には大井川の川マラソンで10キロを走る。相模原とは違って、あの川沿いは微妙な起伏がありそうな気がする。風の抜け方も、きっと違うだろう。
そして年末は河口湖。あの冷たい空気の中でまた10キロ。

来年はハーフマラソンに出たい。

ただし急がない。日ごとに見たらわからないくらい、ほんの少しずつ距離を伸ばしていく。
昨日より100メートル、あるいは数分だけ長く走る。
そんな小さな積み重ねが、やがて目に見えない坂を越えて、遠くへ連れていってくれる。

気づいたら、もう少し遠くまで行けるようになっているはずだ。

坂を登るたびに時間がずれる

東京駅から秋葉原まで、リュックを背負ったまま走った。 そこからさらに四谷のホテルまで走ることにした。距離にして八キロほどだ。目的地は決まっていたけれど、急いでいたわけではない。ただ足を前に出し続けていれば、いつかは着く。走るという行為は、だいたいいつもそういうものだ。 途中、市谷...