こどもが体操の合宿に行っている間、妻に勧められて、いわきに帰ることにした。18まで暮らした町。
走ることにした。いわき公園。ぼくにとってはただの「近所の公園」。広く、やわらかく、すこしだけ過去の匂いが残っている場所だった。
小学校のとき、水遊び場で水をかけ合った。声を上げて笑いながら、水しぶきの向こうで友だちの顔がにじんで見えた。中学では、池でブラックバスのルアー釣り。釣れなくても、糸をたらす時間だけは真剣だった。
高校では、休みの日の朝、グラウンドを独り占めしてボールを蹴っていた。蹴り返す相手はいなかったけど、それがむしろ心地よかった。広い世界の真ん中に自分ひとり、そんなふうに思っていた。震災のあと、そのグラウンドには仮設住宅が建った。地面が見えないほどに並び、そこにいた記憶に、僕は触れられなくなった。それ以来、この場所には近づけずにいた。家族で何度かいわき公園には来たことがあったけれど、なぜか自然とグラウンドを避けていた。たぶん、自分のなかに片付けきれない感情が残っていたのだと思う。
今日、久しぶりにグラウンドへと足を延ばした。仮設住宅はなくなっていた。ボールを蹴りやすかった芝生は戻ってきていた。でも、その周りには、あの頃にはなかった木がたくさん植えられていた。復興の象徴か、再生のしるしか。あるいはただの静けさの補強かもしれない。もう、この芝生に、ただボールを蹴るために訪れる人は少ないんじゃないか。僕の育った町の名前は「ニュータウン」だった。名前だけ聞けば、ずっと新しくて活気があるような響きがある。でも今では、この町で育ったこどもたちはすっかり大人になり、3校まで増えた小学校も、いまはガラガラだと聞く。名前は今でもニュータウンだけども。
高校の脇を走る。僕が通っていた高校ではない。だけど、ちょっと通ってみたかった高校だった。昔は遠くにあったのに、いまはこの公園の隣に移転してきていた。その脇を、端から端まで、ゆっくりと往復してみた。誰もいない校舎の側面をなぞるように。
そして、医療創生大学の敷地に足を運んだ。僕の時代には、いわき明星大学と呼ばれていた。センター試験を受けに来たときと同じ建物があって、まわりの風景も、ほとんど変わっていなかった。名前は変わっても、風景は変わらないこともある。そのことが、ちょっとだけ、ありがたかった。
帰り道、信号機の横の青い案内看板の新しい大学の名前はシールだった。新しい名前のシールが、古い名前の上にきれいに重ねて貼られていた。シールの大学名だけど、字体も揃っていて、整っていた。何かが腑に落ちた気がした。
この町も、この道も、この名前も、少しずつ貼り替えられていく。誰かの手で、目立たぬように、でも確かに。
走ってよかったと思う。何かを変えたわけじゃないし、何かが解決したわけでもないけれど、時間の上に積もった埃を、少しだけ払えたような気がする。
過去に触れることは、いつも静かで、そして少しだけ切ない。
【本日のランニング】6.92km【前回大会からの総練習距離】13.12km