序盤はとりあえず、レースに慣れようと慎重に走った。なんとなく、これくらいの感じかなと、Apple Watchをちらちら見ながら、進む。ペースは悪くない。けれど良すぎてもいけない。マラソンというのは不思議な競技で、前半が調子良すぎると後半が地獄になる。そういう意味では、「ちょっと物足りない」くらいが、ちょうどいい。
風はやや冷たく、でも頬を刺すほどではなかった。気温も湿度も、走るには申し分ない。身体は軽い。ただ、心のどこかで、これがずっと続くわけじゃないことも、ちゃんとわかっていた。8㎞の壁、後半の向かい風、脚のどこかに忍び寄る攣りの予感──それらのすべてが、まだ遠くのほうで身構えている。
給水所が見えてきた。でも、僕はスルーした。
うまく給水できた記憶なんて、これまで一度もない。手に取った紙コップの水を半分こぼし、残りもほとんど口に入らず、むせる──そんなシーンしか思い浮かばなかった。それに、10kmくらいなら、飲まなくてもきっとどうにかなる。
でも、水が天井から霧のように吹きつけられているトンネルは、通ってみた。あれは良かった。冷たすぎず、ちょうどよくて、身体の表面がふっと軽くなる気がした。心拍が落ち着くというより、少しだけ気持ちがほぐれる。そういう場所だった。
走りながら、周囲の人たちの呼吸のリズムや、靴音に耳を澄ませていた。同じようなペースで走っている人たちが、なんとなくグループのようになって、ひとつの流れをつくっている。誰かが少し加速すれば、それにつられて集団全体がじわっと前に引っ張られる。まるで、見えないゴムでつながっているみたいだった。他人との勝負じゃないのに、勝手にライバル心が湧いてくる。マラソンには、そういう場面がある。
だけど、1周目を終える頃には、すでにその背中は遠ざかっていた。差は、広がっていた。脚が、ではなく、気持ちがついていっていなかったのかもしれない。
たしかに今回は準備不足だった。走り込みも足りなかったし、食事だって短い期間ですら、乱れることが多かった。でも、自分は学生時代、何百回も何千回も、グラウンドを走ってきた。ボールを追って、雨の日も、真夏の午後も、走ってきた。あの時の走りが、身体のどこかに、まだ残っているはずだ。「こんなところで終われるかよ」と、心のどこかで叫んだ。
だから、2周目。
僕は少しペースを上げた。脚が、もう一段階前に進もうとしていた。
【昨日のランニング】7.12km
【前回大会からの総練習距離】71.30km
★6月の総ランニング 7.12㎞
★5月の総ランニング 58.2㎞